硬直していないか?!

 昨日の7日、私の質問が最後で3月議会における10人の一般質問が終わった。

 まず私自身についてはどうだったか?

 

 4つの質問項目それぞれに力が入りすぎて、時間的にはすべて盛り込めたという点では可でだが、事実に基づき論点を絞り、討論ができたかといえば不可と言わざるを得ない。議員になって13年、52回目の質問が無事終了したことに安ど感はあるが、とても評価できる基準のものではないと、反省多々。

 

 しかしそこにとどまるわけにはいかない。終わったのだから。これから今回の質問に盛り込んだことを、議会内外でアピール、貫徹しなければならない。

 

 まず第1に指摘したいのは行政の「硬直性」。

 現在の粕屋町役場は、硬直状態といえる。縮こまって十分にその機能が果たせていない。役場内部も、議会でさえも。町長が病気療養中だからではない。すべて上にお伺いを立て、上の指示を仰ぎ、許可をもらえなければしない、また、できないと思っているところが私にはもどかしい。

 

 確かに与えられている権限は小さいかもしれないが、公務員には立場が守られ時間があるのだ。実現したいことがあれば何年もかけてやるくらいの気概があっていい。それが感じられない。

 

 夢と愛

 

 笑われるかもしれないが、役場の職員に足りないものはこれ?!

 温かい町民、粕屋町という立地条件、財政的に恵まれ、数々の先進的な事業の上に成り立っている今の行政を次につなげよう、この先何が起こるかわからない社会情勢の荒波から町民をどう守るか、乗り切れる人材をどう育成したらいいのか、そんな気概を持って仕事をしてほしいが、そこに必要な夢と愛がなかったら?!

 

 70を迎える年に、少々遅すぎる感があるが、自分に与えられた使命は何かということに向き合う日々。そんな私に保育所存続に願いを込め9005人の署名を中心になって集められた若い保護者はエネルギーをくれた。はっきり言ってボロボロの施設なのだが、そこには皆さんのよりどころとなる何かがあるようで、その行動力にはただただ驚かされた。

 

 私の使命はこの公共施設を守り発展させることではないかと今は思っている。

 

 歴代の町長は民営化することを最先に様々な圧力をかけてきた。国の補助金を得るための方策はこれしかないという思考パターンで。

 

 粕屋町2代目の安河内町長。36年前、当時誰も発想しなかった中学校を含めた給食調理場をごみの埋め立て地で不用の土地に建設、4つの小学校区に町営の保育所、幼稚園づくりの基礎を作った人。補助金を当てにしての仕事ではなかったと思う。

 

 先日の新聞で横浜市はいまだに中学校は弁当持参という。

 また、就学前施設に関して言えば、わずかな補助金しかなかった時代、直営の保育所も幼稚園も持っていない自治体も多かった。そんな中であえて建設。教育行政に力を注いだ人だったようだ。私が調査した12年前、福岡県で小学校区に保育所と幼稚園がそろっているのは粕屋町だけだった。

 

 先人の発想や努力に深い感銘を受ける。

 生活廃棄物の埋め立て地に建てたということは驚きで、今では負の遺産として様々な問題を抱えているが、私にはそうしてまでも建設した安河内町長の柔軟性、何が大切で、できることをしようというやる気に感服させられる。

 

 この負も合わせたかけがえのない財産を、次世代に引き継いでもらうための努力ぐらい大したことではないのではないかとさえと思えるから不思議だ。役場の前に安河内町長の胸像がある。今日また前に立ってみよう!

 

 

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コメント: 2
  • #1

    愛しい (木曜日, 08 3月 2018 22:05)

    粕屋町の良さを維持して、活かして、前に進みたいですね。

  • #2

    ゆうじ (月曜日, 12 3月 2018 01:26)

    学校給食では、大変に世話になったと思う。 両親も祖母も助かったと思う。 パンでなく、出来る範囲で「ごはん食」にも取り組んでいた粕屋町。 給食室のオバちゃんの優しさは、今も記憶に残っている。 もう一度、あの懐かしいメニューを食べたい。♬